ダム=無駄という文切り調の論議に違・・・に関する記事

質問
ダム=無駄という文切り調の論議に違和感を覚えませんか?「素人」さん曰く、「問題となるようそんな大きな洪水を起こっていないじゃないか?」また「断水するような渇水」だって起こっていないじゃないか?」また「ダムを作ってもしれが満水になれば、洪水を防ぐこと出来ないじゃないか!」でも「治水」や「利水」は 「なにも起こらないこと」 が成果なんですね。何か(大洪水や大渇水)が起こるとマスコミさんは「これは行政の怠慢によって起こされたものだ!、天災というより人災だ」なんていう180度ひっく利返った論調になったりします。曰く、「この水域には50年も前に治水整備計画が策定されていなかったのに、遅々と整備は進められていなかった?」とかダムは、季節によって水位調整をしています。渇水期に向けては、水をため、雨季、台風シーズンに向けては、水位を下げとます。このコントロールは、長い気象観測の記録から、統計(水文統計って言います)に基づいて行われます。実は、この所の地球温暖化の影響の気象の凶暴化で、この統計値にずれが生じている問題も起こっています。断水には至らないまでも「取水制限」は3年に一度くらいは実施されています。少なくとも「素人の根拠のない無駄論」(批判をするのは楽しい???)マスコミさんの「事件・課題あったほうが」良く売れる、視聴率が稼げる政治家さんの「争点があったほうが票になる」、「過激な極端な主張のほうが票になる」といった事柄で、「純技術的な事柄」が振り回されるのは問題なのでないでしょうか?今の安心、安全、快適性は、営々と積み上げてきた「整備」の成果の乗かっていることに人々は気がついていないのでしょうか?「水」と「安全」はタダ! があたりまえとか………ちなみヨーロッパ先進諸国の都市部洪水は100年に1度の雨量に備えています。東京は、50年に一度に雨量に向けて整備を進めていますが、まだ完了していません。地方都市に至っては、20年確率、25年確率といった状態です。水害のニュースのない1年なんてついぞ有りませんよね。一時の政治的プロパガンダのもんきり調の論議の犠牲者になるのは誰なのか?みなさんどう考えられますか。

回答
質問者は、「一般大衆は素人だから行政に口出しするな。 行政は専門家なんだから、黙って従え」と言っているのかな?一般大衆向けのアカウンタビリティ(結果説明責任)やアセスメント(事前評価)は無用だとでも?

出典:Yahoo!知恵袋

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